- 教育
通信制大学における教員養成:星槎大学の探究教育アプローチ
話

星槎大学教授
北村 克久(キタムラ カツヒサ)
専門分野:理科教育
プロフィール・研究業績等
教員を目指す方の中には、通信制大学での教員養成に不安を感じている方は多いのではないでしょうか。特に理科のような実験・観察が必要な教科について、「オンラインでどうやって学ぶのか」という疑問を持つ方も少なくありません。本記事では、星槎大学の北村克久教授による模擬授業を通じて、通信制大学における革新的な教員養成の実例をご紹介します。実際の授業内容から教育課程論まで、現場で活用できる具体的な指導法と教育哲学を詳しく解説していきます。
通信制大学における探究教育のアプローチ
「通信制大学で観察実験はどのように行うのか?」この疑問は多くの学生が抱く素朴な疑問です。星槎大学では、この課題に対して独創的な解決策を提供しています。授業で使用される浮沈子(ペットボトルで作った沈んだり浮いたりする装置)は、その象徴的な例といえるでしょう。
北村先生の授業「初等教科教育法(理科)」では、学生が自宅でも実際に手を動かして実験できるよう、実験に使う教材を自宅へ送付します。浮沈子をはじめ、小学校3年生で学ぶ「風で動くおもちゃ」、ゴムで動く教材、食塩を溶かす実験用の材料など、身近な材料の一部は大学から送付され、残りは学生自身が用意します。これらの教材を使ったオンライン授業を通じて、学生は「自然の事物現象を通して問いを持つ」という探究教育の本質を体験的に学ぶことができるのです。
特に注目すべきは、これらの実験が単なる知識の習得ではなく、「なぜ沈むんだろう」「どうして動くんだろう」という問いを生み出す仕掛けとして設計されていることです。この問い立てこそが、最も重要な要素であり、将来教師になる学生が子どもたちに伝えるべき学びの姿勢なのです。
教員養成における履修から実践までの体系的プロセス
星槎大学の教員養成は、履修登録から実際の授業まで、きめ細かなサポート体制が整っています。小学校教員免許取得のためには、多数の教科指導法を学ぶ必要がありますが、その中で理科の「初等教科教育法」は必修科目として位置づけられています。
受講プロセスは以下の流れで進行します。まず、学生が履修登録を行い、複数ある開講日程から自分の都合に合わせて受講日を選択します。受講者が確定すると、2週間前に大学から教材が自宅に送付されると同時に、Google Classroomへの登録案内とオンデマンド教材の視聴案内が届きます。
事前学習では、国立教育政策研究所の実際の理科授業映像を視聴し、教員の解説を聞き、理論と実践の両面から理科教育について学習します。また、何らかの事情で教材を受け取れない学生のために、Google Classroom上には教材一覧がPowerPoint形式で共有されており、誰もが平等に学習できる環境が整備されています。
実際の授業構成と学習効果の最大化
スクーリング当日は、朝10時から夕方17時まで、90分授業を4コマ実施する集中講義形式で行われます。注目すべきは、昼食時間を13時から14時に設定することで、学生が自宅で家族との時間を大切にできるよう配慮している点です。このような細やかな配慮は、多様な生活環境を持つ通信制大学の学生にとって重要です。
授業の開始時には「あなたは科学に敏感ですか?」という問いかけで出席確認を行います。この問いは単なる点呼ではなく、日本学術会議が示す「新しい時代を生きる次世代の教育を担う教師は、多様な科学分野の学問的発展に敏感であることが求められる」という理念に基づいています。学生は敏感か鈍感かだけでなく、その根拠を必ずチャットに記入することが求められ、思考を言語化する習慣を身につけていきます。
実際の学生の反応を見ると、半数以上が理科に対して苦手意識を持っているという現実があります。しかし、この授業を通じて「敏感な教師」への変容を促すことで、将来子どもたちに理科の面白さを伝えられる教師の育成を目指しています。
問いを育てる教育実践:トマトの赤さから学ぶ科学的思考
北村先生の授業で特徴的なのは、「トマトはなぜ赤いんですか?」という身近な疑問から始まる問題解決学習です。この問いに対して、学生は4つの選択肢から考えを選んで議論します:「危険だから食べないでというトマトの願い」「熟したから食べてほしいというトマトの願い」「人間の品種改良の結果」「その他」。
重要なのは、正解を求めることではなく、それぞれの考えに根拠を持つことです。ZOOMのブレイクアウトルーム機能を活用したグループワーク(4-5人、10分間)では、「Yes,and」の原則を徹底し、相手の意見を否定せずにつなげていく対話スキルを身につけます。これは理科指導だけでなく、学級経営においても極めて重要な技術です。
この取り組みの背景には、子どもたちが安心して自分の考えを表現できる環境づくりの重要性があります。シーンと静まり返る授業ではなく、子どもたち一人ひとりの学習経験や生活経験を活かした発言ができる環境を整えることが、真の学びにつながるのです。
科学的見方・考え方の体験的理解
トマトの赤さについての正解は「熟したから食べてほしいというトマトの願い」ですが、これは生物学的には動物との共生関係を表しています。赤い色が鳥の視覚に訴えかけ、種子散布を促進するという生命の巧妙な仕組みを理解することで、学習指導要領で求められる「生命領域における共通性と多様性」の見方を体得できます。
さらに授業では、ゴーヤの赤い実、赤松や楓の種(種コプター)など、植物が採用する様々な繁殖戦略を比較検討します。実を赤くする戦略だけでなく、風を利用して種子を散布する戦略まで、自然界の多様性を実感できる構成となっています。これらの学習を通じて、学生は科学的な見方・考え方を身につけると同時に、子どもたちにどのように教えれば良いかという指導法も習得していきます。
問題解決学習の実践と指導案作成
午後の授業では、実際の問題解決学習のプロセスを体験します。浮沈子実験では、学生が自宅でそれぞれ実験を行い、「なぜ沈んだり浮いたりするのか」という問題を協力して作成します。これは小学校5年生の学習内容に対応しており、自然事象との出会いから問題発見、そして解決に向けた協働的な学びのプロセスを実際に体験することで、指導者としての理解を深めます。
この体験学習と理論学習を組み合わせることで、学生は学習指導案の作成方法を習得し、最低限必要な観察実験の指導方法を理解できるようになります。単なる知識の習得ではなく、実際の教育現場で応用可能な実践的スキルの獲得が目標となっているのです。
教育課程論による教師の専門性向上
星槎大学では、初等教科指導法と並んで「教育課程論」も重要な必修科目として位置づけられています。これは幼稚園から特別支援学校まで、すべての校種に共通する教育の基礎的理解に関する科目です。オンデマンド形式で提供される6本の映像教材(各30-40分)を通じて、教育課程の理論的基盤を学習します。
授業を行って特に印象的だったは、コロナ禍から見えてきた学校の役割についての考察です。子どもが学校に通えない期間、保護者の働き方、食事の準備、自宅学習の困難さなど、私たちが経験した様々な課題を通じて、学校教育の本質的価値を再認識する内容となっていました。分かった・できたという学習の喜びがあるからこそ子どもたちは学校に向かい、楽しい授業を創造することが教師の最重要な役割であることが改めて分かります。
自立学習者育成への展望
北村先生が特に重視しているのは、通信制大学で学ぶ学生の「自ら学ぶ力」を教育現場に活かすことです。コロナ禍において、多くの子どもたちが学校なしには十分な学習を継続できないという現実が明らかになりました。しかし、星槎大学で学ぶ教師候補生は、自らの学習経験を通じて「自ら学ぶ子どもを育てる」ことができるはずだという確信を持つことができます。
未来の教育には、知識を一方的に教える教師ではなく、問いを持ち続け、学び続ける教師の姿勢が重要です。そのような教師だからこそ、子どもたちも問いを持ち、主体的に学ぶ姿勢を共に身につけることができるのです。星槎大学の教員養成プログラムは、まさにこの理念を実現するための実践的な学習機会を提供しているといえるでしょう。














