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共生社会における悩みとの付き合い方:最新研究が提唱する心理的柔軟性の実践
話

星槎大学教授
平 雅夫(タイラ マサオ)
専門分野:障がい児者の教育、障がい児者の心理、障がい児者の福祉
現代社会を生きる私たちは、日々さまざまな悩みや不安に直面しています。人間関係、将来への不安、自分自身への疑問など、悩みのない人生を送ることはほぼ不可能と言えるでしょう。しかし、重要なのは「悩まない」ことではなく、「悩みが出てきても、うまく付き合う」ことです。星槎大学では、共生科学の理念のもと、認知行動療法やアクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)など最新心理学アプローチを通じて、悩みに振り回されない関係性を築く方法を学ぶことができます。この記事では、星槎大学の平雅夫教授による模擬授業をもとに、悩みの本質と、それを乗り越えるための実践的なアプローチについて解説します。
悩みの本質を理解する:認知行動療法の視点
悩みがどのようにして生まれるのかを理解するために、まず認知行動療法の基本的な考え方を見てみましょう。私たちが日常的に経験する出来事に対する反応は、同じ出来事でも人によって大きく異なります。例えば、LINEメッセージが既読になったまま返信がない状況を考えてみてください。ある人は「嫌われているのかもしれない」と思い、不安や悲しみを感じ、ついには学校を休んでしまうかもしれません。別の人は「失礼だ」と怒りを感じ、攻撃的なメッセージを送ってしまうかもしれません。そして、また別の人は「忙しいのかな」と冷静に受け止め、理解のあるメッセージを送るでしょう。
このような反応の違いは、同じ出来事に対する「認知」(考え方や受け取り方)の違いから生まれます。認知行動療法では、認知→情動→身体反応→行動という一連の流れで人間の反応を説明します。LINEが既読になったという現象(出来事)に対して、「嫌われている」という認知が生まれると、不安や悲しみという情動が湧き上がり、胸が締め付けられるような身体反応が起こり、最終的に学校を休むという行動につながります。一方で、「忙しいのかな」という認知であれば、特に強い情動は生まれず、思いやりのあるメッセージを送るという行動につながるのです。
自動思考とスキーマ:悩みが生まれるメカニズム
私たちの頭に浮かぶ「嫌われている」「私はダメな人間だ」「みんなに笑われている」といった考えは、意識的に考えて出るものではありません。これらは「自動思考」と呼ばれ、まるで反射のように頭に浮かんでくる考えです。この自動思考の背景には、「スキーマ」や「中核信念」と呼ばれる、その人の根深い信念体系が存在しています。
中核信念は人生の早期に形成され、当初は適応的な役割を果たしていたものが、その後の人生において不適応な反応を引き起こすようになったものです。例えば、幼少期に親から愛されなかった経験があった場合、「私は愛される価値がない」という中核信念が形成されることがあります。この信念は、当初は現実を受け入れやすくするという適応的な役割を果たしていたかもしれませんが、成人してからも同じ信念が働き続けると、人間関係において過度な不安や回避行動を引き起こすようになります。
星槎大学の心理学教育では、このような悩みのメカニズムを深く理解し、単に症状を取り除くのではなく、その人全体の成長と自己理解を促進するアプローチを重視しています。共生科学の理念に基づき、多様性を包摂しながら、それぞれの個性と課題に寄り添った支援方法を導く力をつけることができます。
言葉の力:バーチャルな世界が生み出す悩み
人間特有の能力である「言葉」は、私たちの悩みに大きな影響を与えています。例えば、「さいた さいた チューリップの花が」という文字を見ただけで、多くの人の頭の中には自然とメロディーが流れてくるでしょう。これは、言葉がバーチャルな世界を生み出す力を持っているからです。現実にはピアノも音楽もないのに、文字だけで音楽や映像を頭の中に作り出してしまうのです。
さらに、言葉には「関係づけ」をする力もあります。小さな子どもに「これはストーブよ」と教えると、子どもは「ストーブはどれ?」という質問にも答えられるようになります。そして「ストーブは熱いよ」と教えると、「熱いものはどれ?」という質問にも「ストーブ」と答えられるようになります。このように、言葉は様々な概念を関係づけ、直接体験しなくても知識や感覚を伝達する力を持っています。
しかし、この言葉の力が悩みを深刻化させることもあります。東日本大震災後のある場所で実際にあった例として、中学1年生の女子生徒が顔にできた吹き出物を見て「放射線に汚染されたのかな」と相談したケースがあります。この生徒は、吹き出物と放射線を言葉によって関係づけ、さらに髪の毛が抜けたことや身長が伸びないことまでも放射線と結びつけて考えるようになりました。実際には両者に直接の関係はありませんが、言葉の関係づけの力によって、深刻な悩みが生まれてしまったのです。
従来のアプローチの限界:認知の修正は本当に可能か?
これまでの心理療法では、主に行動の修正(第一世代)や認知の修正(第二世代)に焦点が当てられてきました。「嫌われている」という考えを「忙しいのかな」という考えに変えることができれば、問題は解決するという考え方です。確かに理論的には正しいアプローチのように思えますが、実際にはこの方法には大きな限界があることが分かってきました。
最大の問題は、認知の修正が思っているほど簡単ではないということです。「悩むな」と言われて悩まなくなる人はいないでしょう。むしろ、「悩むな」と言われることで、さらに悩みが深くなることの方が多いのです。自動思考は意識的にコントロールできるものではなく、反射的に浮かんでくるものだからです。
また、悩みを解決しようとする過程で「ああ言えばこう言う」という状況が生まれることもあります。例えば、ペットボトルが開かないという問題に対して、「力を入れてみては?」「だめなら工具を使っては?」「誰かに開けてもらえば?」というように、一つ一つに対処法を提案しても、次から次へと新しい問題提起がされます。これは言葉の拡大性という特徴によるもので、悩みの相談でもよく見られる現象です。
第三世代の認知行動療法:心理的柔軟性という新しいアプローチ
これらの限界を受けて、近年注目されているのが「第三世代の認知行動療法」、特にアクセプタンス・コミットメント・セラピー(ACT)です。このアプローチでは、悩みや不安を無くそうとするのではなく、それらと上手に付き合いながら、自分にとって価値のある人生を歩むことを目指します。
重要な概念が「心理的柔軟性」です。これは、様々な思考や感情に柔軟に対応し、状況に応じて注意を切り替えることができる能力のことです。LINEが既読になった時に、「嫌われているかもね」「失礼な奴だという見方もあるね」「忙しいのかもしれないね」という複数の視点を持つことができれば、一つの考えに支配されることなく、より自由で柔軟な行動を選択することができるようになります。
星槎大学では、この心理的柔軟性を身につけるための具体的な技法を学ぶことができます。共生科学の理念である「多様性の受容」と「相互理解」は、まさにこの心理的柔軟性の考え方と深く結びついています。自分自身の多様な側面を受け入れ、他者の多様性も理解しながら、より豊かな人間関係を築いていくことを目指しています。
実践的なテクニック:注意の分散と言語の脱フュージョン
心理的柔軟性を高めるための具体的なテクニックをいくつか紹介しましょう。まず、「注意の分散」という方法があります。これは、悩みや不安に意識が集中しすぎている状態から、注意を他の感覚に向けることで、言葉の影響力を弱める技法です。
例えば、先ほどの「さいた さいた チューリップの花が」の文字を見ながら、同時に椅子に座っているお尻の感覚に注意を向けてみてください。すると、最初に比べて音楽が頭の中に流れにくくなることに気づくでしょう。これは、注意が分散されることで、言葉が作り出すバーチャルな世界の影響力が弱まったからです。同じように、悩みに支配されそうになった時に、意識的に身体の感覚や周囲の環境に注意を向けることで、悩みの影響力を弱めることができます。
もう一つの技法が「言語の脱フュージョン」です。例えば、頭の中で「田中という人が嫌いだ」という考えが浮かんだ時、通常であればその考えにとらわれて、不快な感情や回避行動につながってしまうかもしれません。しかし、「田中田中田中田中…」と100回繰り返し唱えてみると、言葉本来の意味が薄れて、単なる音の組み合わせのように感じられるようになります。これにより、その考えが持つ感情的な影響力を弱めることができるのです。
星槎大学における共生科学と心理学教育
星槎大学の特徴は、心理学、教育学、福祉学といった従来の学問の枠を超えて、「共生科学」という横断的なアプローチで人間理解を深めることです。平先生のように、特定の専門分野に縛られることなく、対人援助という共通のテーマのもとで、様々な分野の知識と実践を統合したアプローチを学ぶことができます。
また、研究と実践を常に両輪として進めることも重要な特徴です。大学での学びが単なる理論的な知識にとどまることなく、実際の現場で役立つ実践的なスキルとして身につくよう配慮されています。学生は、教育現場、福祉現場、医療現場など、様々な場面で遭遇する現実的な課題に対して、共生科学の理念に基づいた解決策を見出していく力を養うことができます。
共生社会の実現という観点から見ると、悩みや困難を抱える人々を単に「問題のある人」として捉えるのではなく、それぞれが持つ固有の価値と可能性を認識し、多様性を受け入れながら支援することが重要です。星槎大学では、このような共生の理念を実現するための具体的な知識とスキルを、自分のペースで学ぶことができます。
まとめ:悩みと共に歩む人生の価値
悩みや不安は、人間である以上避けることのできない体験です。重要なのは、これらの感情を敵視したり、完全に排除しようとしたりすることではありません。むしろ、悩みも人生の一部として受け入れながら、それに支配されることなく、自分にとって本当に価値のある人生を歩んでいくことです。
星槎大学が提唱する共生科学のアプローチは、このような人生観を実現するための道筋を示してくれます。心理的柔軟性を身につけることで、私たちは悩みと上手に付き合いながら、より豊かで充実した人生を送ることができるようになるでしょう。また、自分自身がそのような生き方を身につけることで、他者の悩みや困難に対してもより深い理解と適切な支援を提供できるようになります。
共生社会の実現は、一人ひとりが自分自身の多様性を受け入れ、他者の多様性も尊重することから始まります。悩みを抱えることも、その人らしさの一部として受け入れながら、みんなが互いに支え合える社会を作っていく。そのための知識と実践的スキルを身につけたい方は、ぜひ星槎大学での学びを検討してみてはいかがでしょうか。
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